JINJIN(本名:伊藤 公人)

(後編:JINJINさんについて、450の中での役割)


JINJINさんについて。

j 今度は、JINJINさん自身のことを聞きたいんですけど、自転車に乗り始めたきっかけは?
J 僕は、映画「E.T.」です。小学校の時に見て。
j あれ自転車、日本製ですよね?
J そう「KUWAHARA」です。ほんで「ウワーこれ、飛べんねやー」と思って(笑)
j ・・・それアホですやん(笑)
J (JINJINさんのケータイが鳴る)ちょっとスンマセン。『モシモシ!あーウェーッス!』(ひとしきり談笑、こちらに向き直って)毎週水曜にミーティングしてるんですよ。450の。
j あーそうなんや。話戻るけど「E.T.」見て『あー飛べるんや!』と思って(笑)趣味っぽく乗り出して・・・。
J ウン。中学校入って「HOT HEART」っていうBMXの専門店が、沢之町(大阪市阿倍野区)にあったんですよ。そこに行って初めてGTを買って。それまでは、そこのジャスコで買ったパチもんやったんですけど(笑)ちゃんとしたGTのBMXを買って。ほんで「フリースタイル」を知って、やり始めて。中学校を卒業してドタバタして、なんやかやして僕、音楽の専門学校行ったんですよ。音楽、小ちゃい頃からやってたんで。それでバンドを集中してやって。20歳過ぎる頃までして、それで事務所やらインディーズシーンを見て、音楽シーンを知って、『日本の音楽シーンは腐っとる!』と思って。別にプロになってもしゃーないなーと。辞めよかなと思ってる時に、又BMXに巡り合って戻ろうかと。
j なんか、SHOE−Gのプロフィールに似てますねー。彼もなんか『ボイストレーニングやってた・・・』とか書いてましたよ。
J あー、彼もギターとか弾きますもんねー。僕、ピアノとオルガンやってたんですよ。オルガンが好きで。
j なんかBMXと音楽は共通点みたいなもん、ありますね。
J そう。やっぱりエクストリームスポーツと音楽は切り離せないっすね。
j 野球やってて、ピアノ弾く人もおるけど。王選手みたいに(笑)
J やっぱり、エクストリームスポーツと音楽は、どっかで繋がってるんでしょうね。
j 話が、また少し戻りますけど、沢之町の「HOT HEART」があったのは何年位ですか?
J 80年代・・・、85年とか6年とかやったかな。
j その時代って、他にそんな店なかったでしょ?
J そう、ツブレましたよ。その店。むっちゃアメリカンな店でしたよ。
j その頃って、DCブランドの終わりかけ位ですかね。渋カジのちょっと前かな。それはツブレるわ。
J でも、むっちゃ店はカッコよかったですよ。壁が木で、白のペンキ塗ってたんですよ。だからウチも白く塗ってあるんです。
j 天井に、扇風機も回ってますねー(笑)
J ええ。これも夢やったんですわ。自分の店作ったらプロペラ回したろ思て(笑)
j 自転車屋さん始めた、きっかけは?まあ自転車がメッチャ好きやったんやろーけど。職業にする具体的な,きっかけは?「リンリン」にはなんで勤めたんですか?
J リンリン」に勤めたのは、BMXが好きで。僕、寝屋川に住んでるもんで。BMXに強い店がこの辺には無かった。「一条サイクル」や「かいた屋」さんにも行ってたけど結局、そうっすねー「リンリン」に行くようになって。
j 「リンリン」って量販店じゃないですか?
J ええ。7〜8店舗位ありますね。その頃「リンリン」も儲かってたんで、まあ働こか。ってなって、なんとかBMX寄りにして行こうとしたんですけど、なかなか難しくて。限界感じて、この不況もあってちょっとシンドくなって・・・、辞めて。
j それで独立と。しかし、ここまで20インチに特化してるのはスゴイですね。24インチ(ツーフォー)も、ちょっと・・・ていう感じじゃないですか。普通、「賢い」と呼ばれる人は「はい、ママチャリでもなんでもしますよ」っていう感じでしょ?イヤ、JINJINさん、エライって事が言いたいんですよ。かえって『この時代はここまでせんと』と思いますしね。
J ウーン、そうですね。どうなんでしょう、それしか頭に無かったし、ママチャリいじる気なんて毛頭無かったし。
j 家が、寝屋川やからこの辺に店出したんですか?
J 門真とか色々探したんですよ。やっぱり決め手は、店の前の広さですね。前で乗ったり、買ってくれた子に教えたりできるでしょ。そういう立地条件だけで、ここに決めたんですよ。灯台元暗しやったんですよ。ローカルが鶴見緑地にあるんで、あの辺りも探してたんですけど、なかなか無くて。ちょっと無理して結局、寝屋川にしたと。
j 店の前が広いのは、練習もできるやろけど気持ちいいですよね。
J こんな無駄な歩道作ってるとこないでしょ(笑)
j (笑)これチョッとおかしいっすよね。これ戦後そのままで、そのまま区画整理せずに舗装だけしました。って感じですね。
J ねえ。(笑)

(C)DIRTY450

450の中での役割。
j 450の中でJINJINさんは、どう評価されてると思います?
J どうでしょうかね。最初はね、セールスマネージャーみたいな感じもあったんですけど・・・。そうですね、マネージャーみたいなこともしますし。
j なんか、スポークスマンみたいな役割に見えますね。
J そうですね。(他のメンバーは)なんかチャラチャラしたりするのがキライじゃないですか。だからそんな、エライ事してる気はないんですけど・・・。中にいるから(どんな役割をして、どう評価されているかは)判らへんね(笑)
j 僕は(JINJINさんと話すと)バンドマンと話してるような気がするんですよね。
J うん。まあそうですかね。バンマス・・・バンマスって古い言い方やな(笑)バンドのリーダーって別にエラくないじゃないですか。
j そうなんですか?
J だって僕もバンドやってる時は、リーダーだったんですよ。けど、やってることはスタジオ予約したり、ライブのブッキングしてみたり、フライヤー作ったりとか・・・。
j まあ、マネージャー的な仕事ですよね。
J 5人(編成)やったら、5人いないとバンドって維持出来へんから、別にリーダーがエラい訳やないんですよ。ウチでいえば、ギターボーカルがTOSHIGONくらいで。僕はキーボードだったりドラムだったり。
j なるほど。他に趣味ってあるんですか?
J そうですね。いっとき、むっちゃ古着が好きだったんですよ。
j やっぱりね!オシャレですもんね。
J 古着屋さんに、おったんですよ。
j そうや思いましたよ。素人やないな。と思いましたわ。
J アメ村の古着屋さんで「ブーフーウー」ってとこなんですけど今、四ツ橋(筋)超えたとこで同じ時代にやってた子が「E.P」って古着屋立ち上げてやってますわ。「ブーフーウー」は今、吉本新喜劇にいてはる、辻本さんも働いてたんですよ。僕が居た時は、一緒にやってて。
j そういえば、それ風のカッコしてはりますね。
J むっちゃオシャレですよ。
j TVでは、そこまでには見えないですけど(笑)
J 見えないでしょ。むっちゃシビア(オシャレに関して)な人ですよ。吉本の人って、二手に分かれますやん。根がオモシロイ人で、ステージに上がってもオモシロイ人と、もうひとつは、むっちゃ考えて、間 寛平みたいに根はシビアで、普段はいっさい笑わんのに、ステージ上がったらオモシロイ人と。
j 職人肌な人ですね。
J そうですね。プロのお笑いって感じ。
j 一回、新喜劇を生で見てコケそうになる位、笑いましたわ。TVでいつも見てて、それはそれでオモシロイけど、実際、生で見ると笑いの深さが違いますわ。腹抱えて笑えますからね。さすがプロは違うな。と思いましたね。
J そう。すごい。
j 最後に、この(カタログを見ながら)450RULEの事を教えて下さい。
J 「VIOLENT」はバイオレントですよね。「ABUSIVELY」虐待・ののしる。「DRANK」飲む。「UPRISING」これは前向きな言葉ですよね。 「RIDING HIGH」これはライディングハイですね。「FROLIC」狂気とか暴れるですね。「JUNK」はジャンクですね。だから、割と450の中に起こりうる出来事みたいな物をまとめただけなんですよ。それで「TOO MUCH」は、超えてるですよね。まあ、「やりすぎ」やけどこれがルールって、そんな感じなんです。深い意味はないんです。
 

(後編終了)


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