| J: |
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| K: |
(笑)黒沢組って言われてるのかな。他にもいっぱい出てらっしゃるけど。(笑)
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| J: |
最近の作品にはよく出演されてますよね?まず伺いたいのは、役所さん・哀川さんを含め、役者さんはどういう経緯でキャスティングされていくのか?オーディションするのか、事務所からの売り込みがあるのか・・・?
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| K: |
はい、今上がった俳優さんは、すごく偉い人でオーディションとかいうものではありません。僕が決めるといったような権限もないですし。つまり会社なり、プロデューサーなりが「この人、主役でいってくれ」という風にして決まるんです。だから最初はこっちもドキドキしてますね。なんか「怖い人だったらどうしよう」とか。ただ、今上がった方達は出会いはそういう形なんですけど、一度一緒に仕事をして「なんだ、いい人じゃない」ってなって、向こうは向こうで「訳の判んない変な監督」と思ってたのが「以外といい人」と思ってくれたりした場合「また次も一緒にやりましょう」ということになって、次からは僕の方からも「この人が出てくれたら嬉しいなあ」って、さりげなくお願いしたりしてプロデューサーが「判った、判った」って話してくれて、向こうも「黒沢の映画だったらスケジュール調整しましょうか」なんてことで、ギャラの話も「安くていいですよ」とかいう交渉もあるんでしょう。割と積極的に出てくれるという付き合いが出来てる感じですね。だから最初の出会いは全く会社が選んだ人です。
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| J: |
プロデューサーさんっていうのは、映画会社の社員の方なんですか?フリーもいらっしゃる?
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| K: |
プロデューサーというのも非常に、監督以上に映画業界知らない人に説明しずらいポジションなんですよね。
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| J: |
たぶん、営業的な責任を負いつつ、製作側も満足するという環境を作る人だと思うんですけど。(笑)
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| K: |
はい。言葉でいうとそうなんですが日本の場合、習慣で多くはそれら(プロデューサーの役割)を分業してるんですよ。どういうことかというと、お金を集めたりする人、これは大体大きな会社の社員であったりすることが多いです。フリーもいますけど。この人の所属する会社の社長さんを「製作」と通常呼んでおります。映画のクレジットで「製作:誰某」と出てきたら、お金を集めてきた会社の社長です。社長自らお金を集めることもありますね。その下に「プロデューサー」という人がいるんですけど、このプロデューサーとカタカナで書かれた人は、往々にしてその会社の、お金集め担当の人ですね。ただ、この一社で(お金を)全部集めたら別ですけど、他の会社、いくつかの会社から出資してもらったという場合、その会社の代表、大体社長なんですが、も入れなきゃならない。するとその人達は「エグゼクティブプロデューサー」となって、クレジットの順番は「製作、エグゼクティブプロデューサー、プロデューサー」となるんですよ。そして、その下に、というか立場としては対等なんですが、プロデューサーというお金を集めてきた実質の人と、(映画の)内容を考えた人、これを「企画プロデューサー」というんですけど、企画プロデューサーと言ったり企画だけにしたりするんですけど、この企画プロデューサーという人が大体、例えば「今度、役所広司で行こう」って言うんです。上の了解はとるんですけどね。この企画プロデューサーという人が、一番僕と直結して「脚本こうしよう」とか「予算はこれ位でやって欲しい」とか、最も僕と密接に話し合い、逆に最も僕に圧力をかけて来るのが企画プロデューサーです。

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| J: |
その企画プロデューサーさんっていうのは、製作会社の人なんですか?
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| K: |
お金を集める担当のプロデューサーやエグゼクティブプロデューサーがいて、その人達が所属している会社が、例えば大映とか日活とか東宝、あるいは日本テレビであったりするんですが、実はそこから下請けに、もっと小さな製作プロダクションにお金を下ろすんです。ほとんどの場合。その製作プロダクション、社員が5人とか多くて10人とかなんですけど、その製作プロダクションに所属しているのが企画プロデューサーです。僕はそこと直に仕事をするんです。
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| J: |
広告と少し、形態が似てますね。
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| K: |
そうですね。それが日本のある種、判り易い形式だと思いますよ。この中で誰が偉いという・・・、まあ社長クラスは偉いんですけど、誰が偉いとか、誰の意見が最も強いとかいうのはケースバイケースですけど、本当に曖昧ですね。監督は1人なんですけど、僕が相手にしてるのは細分化した「プロデューサー集団」なんですよね。企画プロデューサーが一番、直ですけど。企画プロデユーサーと言っても大きな権限を持っているわけではないので、「こうしましょう、あーしましょう」って二人でしゃべって、数日後に「と思ったんだけど、やっぱり上がダメだっていうだよね」(笑)「上って誰なんだ?」「いやー俺から上は15人位いるんだけど」っていう。「なんかあっちでダメだって言うから考え直して」って言われて僕がムッとする。(笑)「なんで強く押してくれなかったの。こないだはOKって言ったじゃない!」なーんていうのがよくあるんです。
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| J: |
その辺のね、例えばキャスティングに関して「Aでいい」と言っていたのが「やっぱりBで」レベルなら、まあ何か営業的な要素があったのかなとか、誰かの好み?。とか想像できますよね。それとかジャンルですね、ホラーは今、流行ってるとか、世の中暗いから明るいコメディをやろう!とかなら判りますが、ストーリーのダメ出しレベルまで下りてくると、どんな根拠なんですか?と聞きたくなりませんか。
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| K: |
全く、曖昧ですね。それに関して、僕は非常にイレギュラーなやり方を押し通して来てるんですよ。今まで。一般的に日本映画はものすごく大雑把に言うと、「原作(物)」ですね。「この原作で行きましょう!」そこが企画プロデューサーのスタートですね。「面白そうじゃん。俳優誰にしようか、監督誰にしようか、脚本誰某」それが最も普通の形です。原作はマンガであったり色々なんですけども。僕の場合は、何度かそういう依頼(この原作を映画化したいという)が来たんですけど「貴方達の望みは判ったけど、この原作はつまらない。だからこれは捨てます」と。(笑)僕はオリジナルで考えると。で、こっちから逆提案するんですよ。それが何故かうまく通ったりして。それで、その映画が大ヒットはしないまでも赤字にはしなかった、そこそこだったという実績を何回か積むと、「こいつは原作
(物)は多分ダメだろう」っていうで「なんかオリジナルでない?」って逆に向こうから聞いてくるようになりました。非常にイレギュラーですけど。
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| J: |
黒沢監督の作品を調べていると、脚本が監督御自身というのが非常に多いんで、他の方(監督)はそんなことがないんで、「変わってるなー」と思ってたんですよ。
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| K: |
あまり多くないケースですね。そこは僕も正直、(出される原作が)つまらないんですよ。(笑)読み物としては面白い場合はあるんですけど、映像にする前提だとつまらない。ただ勿論、何度もありますよ、僕サイドから「こうしたい」と出してボツというのも。「ボツならいいです。やりません」というだけで。(笑)
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| J: |
話は戻りますが、それにしてもプロデューサーサイドからのキャスティングの根拠というか、我々素人から見て「どうしてだろう?」と。
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| K: |
ただ、普通の人でもだいたい判ると思うんですけど、ある年齢・性別でですね、例えば30代の男とか絞っていくと、それも人気俳優でとなると、まあ10人もいないですね。誰が選んでも「この中からしかいないね」ってなりますよ。これが現実ですね。プロデューサーから「この人どうだ」って言われて「やだ!」って言って「じゃ、お前誰がいいんだ」ってなっても「いない、ゴメン。その人でいいわ」(笑)とか。
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| J: |
「いない」ったっている・・・?(笑)
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| K: |
(笑)それ、どうですか?広告やってらして、ある程度判ると思うんですけど、別にその人が出て大ヒットという訳でなくても、年齢にもよりますけど。若いとまだいるんですよね。30(歳)も超えてくると・・・。
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| J: |
あ!そうですよね。ある程度の条件の中で探すとなると・・・。
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| K: |
そうなんですよ。
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| J: |
これは日本だけの状況なんですかね?
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| K: |
アジア、ヨーロッパは似たようなもんだと思います。アメリカはやっぱり、分厚いですね。実情は判らないですけどアメリカは多いですね。
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個性と変化の高次元でのバランス、
これを持ってることがスターの条件 |
| J: |
いよいよ、ミーハーな話題に行きます。(笑)俳優さんのことなんですが、役所(広司)さんって、どういう方ですか?人柄とか俳優としてどうか?とか。
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| K: |
役所広司さんは、まず人柄から行きますと、ビックリする程ノーマルな方です。で、ちょっと語弊があるかもしれませんが「ノリが軽い」「非常に融通がきく」
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| J: |
役所勤めしてはったのに。(笑)
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| K: |
(笑)あの、外見からはちょっと想像できないほど・・・。
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| J: |
真面目な感じですよね。
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| K: |
ええ、真面目は真面目なんですけど、軽いですね。軽いというと失礼な感じですけど、そう深く考えずに「ま、いっか!」って感じですね。なんか変な言い方ですけど。「ま、やってみよう!」という(感じ)。だから非常にやり易いですね。
「やっぱ、ちょっと違うから、こっちにして下さい」って言うと「はい」ってすぐチェンジできるし。それとこれは天性の物ですけど、見た目ですとか声とかが非常に個性的なんですよ。誰が見ても聞いても「役所広司」と。持って生まれた物が非常に個性的であるにも係わらず演技はまったく自由自在という、めったにいないタイプですね。だいたい何故か見た目が個性的な人は演技も非常に個性的で、あるひとつ(のパターン)しか出来ないという人が多いです。逆に見た目は、なんだか割と無個性な人が自由自在の演技をしたりする場合があるんですけど。だから(役所さんは)面白いですね。
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| J: |
松田優作さんがハリウッドのオーディションを受けに行ったときに、「ハリウッドは同じシーンでも何パターンかの演技を用意しなければならないから・・・」みたいな事をおっしゃっていたと聞いたんですけど。歌手もレコーディングの時は同じ楽曲でも、何パターンかの歌い方ができる人がプロフェッショナルみたいに言われるじゃないですか?監督が今おっしゃったのは、そんな話なんですか?
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| K: |
多分、そういうことだと思います。が、松田優作さんの場合も多分同じだったんだろうと思うんですが、「何パターンもできる筈だ」ってやってもらって、確かに何パターンも出来るということと、何やってもやはり個性が変わらないという所と(作る側は)両方見るんです。全然変わってしまう人もいるんですよ、全然変わるというのは演技が達者な方で、それはそれでいいんですけど、全然変わるの
は、主役級じゃないですね。パターンは変えられるけど、やはり何やっても全然 変わらないものがあるという両方を見ますね。多分、日本でもアメリカでも本当
に演技のしっかりした主役級の人って言うのは、大体そうですけどね。色々違う ことやっていながら、よく見たらどれも一緒っていう。(笑)
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| J: |
それが一流の証しですか?ジョン・ウェインは何やってもジョン・ウェインだと。(笑)
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| K: |
そうですね。ジョン・ウェインまで行くと本当にジョン・ウェインなんですが。例えばロバート・デニーロって人がいますが、色々変わるけど、突っ立てても、どう見てもロバート・デニーロじゃないですか。(笑)そこですよね。個性と変化の高次元でのバランス、これを持ってる人が主役級、ある種、スターの条件ですよね。
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| J: |
哀川翔さんはどうですか?
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| K: |
哀川翔(さん)は正にそうでした。哀川翔(さん)はね、これこそ本当に個性的なんですよ。見た目も声も芝居も本当に個性的というか、ひとつしかない。
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| J: |
僕らのイメージはヤンチャなねえ・・・、(笑)キャラクターに見えるじゃないですか?オールバックですし。
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| K: |
いつも同じ髪型でねえ。ただですよ、僕も最初に哀川さんとやった時は、人間的には元ミュージシャンならではの軽い、気さくな、こだわりの少ない方なんですけども。まあ、何やっても全く一緒なんですよね。(他の監督の作品では)今でも似たように使われることが多いんですが、僕は10本ほどやりましたから、さすがにこれ位やると、だんだん僕も変えていったんですね、哀川さんに対する演出方法から役柄から。するとね、これは哀川さんも初めての経験だったらしいんですけど、普通のサラリーマンとかやってもらったりする訳ですが、変わらないんですけど哀川さんなりに非常に感覚的に役を掴んで、いつものヤクザとかとは全然違う、違うといってもほとんど同じなんですけど(笑)ただこれがねえ、見事なほどその役になるんですよ。役所さんとはちょっと違った意味で、哀川翔(さん)は天才ですね。あれ、なんだろう?ごく稀にああいう人がいるんですけど。アメリカで言うとクリント・イーストウッドが一番近いんですけど、ジョン・ウェインもひょっとしたらそうかもしれませんが、ジョン・ウェインは、ほぼひとつの役しかやらなかったですが、クリント・イーストウッドは実は様々な役をやっていたりして、なにやっても一緒なんですが、どれでもその役に見えるという・・・、哀川さんも本能的に、そういうことが出来てしまう天才的な人だなと思いましたね。本当に魅力的ですよ。哀川翔(さん)は。
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| J: |
勘違いしてました!と言うか、食わず嫌いでした。ビデオのパッケージだけ見て、
「こんなヤクザモンの・・・」って、あれは会社の営業方針なんでしょうけど。
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| K: |
これは、声を大にして言いたいです。「全く違います!」もちろん営業的にはそういうポーズとるんですよね。それで人気の人ですから。ですが面白いのは、海外の方は、そういう偏見ないじゃないですか?哀川さんの映画を海外の方に見せると、全員「スッゴイ俳優だね!」って言いますよ。哀川さんの海外での隠れた人気は高いです。偏見がない分。哀川翔(さん)はね、テレビなんかには、あんまり出ませんが、ものすごい人材だと思ってますね。僕以外の人もみんな言いますから。本人があんまりそういう欲がないと言いますか。(笑)
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| J: |
なんか、夜の7時には寝るらしいですね。(笑)
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| K: |
そうですね。
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| J: |
もちろん仕事の無い日の話でしょうけど。(笑)
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| K: |
本当に気さくな、いい方なんですけどね。最初に哀川さんとお会いした時に、会う前は僕もビビリ上がってましたよ。「怖いんだろうなあ、ヤクザじゃないかな」とかね。(笑)
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| J: |
まあ、イメージがねえ。
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| K: |
ええ、それが来たら本当に腰が低い、軽い方で。僕もつい冗談半分で「いやあ、哀川さんってホント、スイマセン。ヤクザみたいな方だと思ってました。スイマセンでした」って言ったら、哀川さんが笑いながら「本当にヤクザだったら、こんな仕事できないですよ。勘弁してくださいよ」っていう・・・。(笑)
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映画は「ヒットさせなきゃいけないのか?」
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| J: |
僕の仕事が広告の営業マンなんで、どうしても注目しちゃうんですが、映画の企
画段階ではマーケティングが先なのか脚本が先なのか?お伺いしているとマーケ ティングが先みたいに聞こえますよね?
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| K: |
そうですね。ただ映画業界で行われているマーケティングというのは多分、広告の専門の方からすると、実にズサンなものだろうと思いますね。マーケティングというのは、なんとなく安心したいからやっているだけで、そこに冷静な判断とか正確な情報は、なにひとつありません。ただ「これ面白いんじゃない」と思うか思わないかにかかっている世界ですね。少なくとも日本映画は。
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| J: |
ハリウッドは、なんかいかにも違うようなこと言ってますよね?
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| K: |
僕に言わせれば、ハリウッドはやはり真面目にマーケティングしようとしていて、モニターする訳です。どういう事をするかと言うと、まず誰かが脚本を書いた場合プロデューサーが面白いと一瞬思っても、その脚本を本当に商売になるように細かい所をチェックするというプロがいるんですよ。それにまず見せてチェックしたものを撮影して一回作るんですが、その一回作ったものを、客をモニター代わりに呼んでアンケートをとって、その意見によってラストを変えたりとか、どっかを切ったり、撮り足したり、もう一回作り直すってことをやってるらしいですね。監督としては堪らないものなんですが、プロデューサーはそれをやる。そうして作った結果、ほとんどの作品はつまらない。
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| J: |
で、ディレクターズカットとかが、後で出るんですね。(笑)
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| K: |
そうです。それがいやな監督は、自らプロデューサーの権利も取っちゃいますね。このようにマーケティングで作られた映画というのは・・・、ヒットすることもあるんですよ。あるんですけど、(多くは)ヒドイですね。だから映画に関してはマーケティングは単にヒットさせることだけなら有効な面もあるかしれません。けど、「じゃあ、見たお客さん満足してるか?」っていうと「いやあ、すごく宣伝やってたから見に行ったけど、イマイチだった」って(笑)グチが一杯出るという不幸な結果になりますね。でも、ここが一番映画の曖昧な所で「ヒットさせなきゃいけないのか?」っていう基本的な問題がひっかかってるんですね。
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| J: |
それは問題ですか?「ヒットさせなきゃならない」じゃ、ないんですか?(笑)
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| K: |
いや、そうは言い切れないわけですね。それは「映画は作品か商品かどっちなんだ?」って話になるんですけど。さらに突っ込んでいくと資本主義経済の話にまでなっていくんですが。なぜ映画はヒットしなければいけないのか?これ結構難しんですよ。完全に会社、商売と考えれば、そりゃヒットした方がいいに決まってる訳ですね。日本ではまだその状態ですが、アメリカもそうですけど。ヨーロッパ・・・、フランスでは、もうそんな考え方ないですよ。「映画は文化財だから保護する。ヒットする必要なし!」
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| J: |
国が、かなり金を出してる?
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| K: |
勿論そうです。国が金出してますし、極端なこと言うと今はもう、無くなっちゃいましたが旧ソ連、などはヒットするしないの問題では無い訳です。プロパガンダな訳ですね。旧ナチスはもっとそうですね。
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| J: |
(笑)北朝鮮だってそうですね。(笑)
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| K: |
どうやったら客が面白がるかじゃなくて、「これを作って見せる!」っていうことになってる訳ですね。「映画がヒットしなければならない」と強く思い込んでその道を進んできたのは実はアメリカ位のもので。日本もそうなんですけど。日本はどっちつかずですね。「しないよりした方がいい」と誰もが思ってるんですけど、「本当にヒットだけすればいいの?」という疑問をみんな抱えてやっておりますね。それが日本映画の情けない点であり、「今どき、そんなことやってんだ!」という面白い点でもありますね。他の産業はあんまりそんなこと考えてないんだけど、映画産業だけが「儲ければいいの?」っていう疑問の中でやってる。っていう世界ですよ。

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| J: |
(笑)音楽産業も似たような芸術の分野ですけど、かなり商売が勝ってますよね?
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| K: |
そうでしょうね。
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| J: |
だから今、(現状に反発して)インディーズがガーッと盛り上がってる訳ですけど。
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| K: |
そりゃ、日本映画も1960年代位までは、やりぁヒットする、ヒットして当然という時代があったんですけどね。
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| J: |
インド映画みたいに。(笑)
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| K: |
そうですね。ただそういうシステムが全部崩壊して、70年代に「もう日本映画、無くなるんじゃないの?」って言われてから、僕なんかは(映画に)入りましたから、最初から映画を一大産業として盛り立てようとかいう、雰囲気もなければ、どうやって生き残っていくかしか考えてない。あるいは「もう来年ダメだろう」と言われ続けて、もう20何年ですよね。まだ、あるんです。あるどころか、小ちゃな作品はどんどん増えてるくらいで。これが映画の変な所なんですね。
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| J: |
失礼な言い方かもしれませんが、「レンタルビデオ」という流通があって・・・。
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| K: |
それは、ひとつありますね。そういうことも色々ありますが、多分これは若い人も、結構年とった人も含めて「映画を撮りたい!」「一度映画を作ってみたい」「お金、関係ない」っていう奇妙な幻想及び欲望が未だに健在だからだと思います。だからどっかの金を儲けた社長が「俺は一回映画を撮りたかった!」って商売抜きでドン!と金を出す。あるいはこれは自分も含めて、すごい若い人が「もう、お金なんかいらないんだ」と。「商売なんにも関係ない」と映画を撮ってしまう。どっかから1000万位の金を掻き集めてヒットもなにも関係ない、とにかく映画が作りたいと撮ってしまう。っていう奇妙な力によって支えられている、全部じゃないですけど。でも半分以上はそれで支えられていると思います。日本映画は。だからみんな「ヒットすればいいのかな?」と、どっか疑問なんですね。「作りたいから作ってるんだよな」っていうのは、どうしても拭い去れないですよね。
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| J: |
でも、作りたいから作ってるような物が、半分以上もあって会社もツブれず?
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| K: |
そうですね。ツブれてる会社も多いですが、しぶとく生き残ってますね。不思議ですね。ただ「こんな奇妙な状態は、さすがにもう続かないのかな?」という気もしてきてますけどね。どこか、鎖国状態といえば鎖国状態なんですよね。自分達の中だけで回して、「誰もそんなに儲かってないけど、まあ大損した人もいないようだ。どうしても足りないお金は他の、不動産部門から持ってくる」って、ごまかし、ごまかしグルグル回転させるみたいな所が、今の日本映画にはあると思いますね。
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| J: |
その辺を、お伺いしたかったんですけど、「映画というのは特別だ」と、芸能人なんかも例えば「黒沢監督の作品ならギャランティが安くてもいい」とか言って映画に出られるじゃないですか?なんの魅力があるのか?よく現場に魅力があるっていいますけど、なんでしょう?魅力って?
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| K: |
僕自身が惹きつけられちゃってますから、あまりそれを言葉で説明できないですが、やはり、関心の無い方はこんなもの、なくなってもいい、どうでもいいものなんでしょうけど、ちょっとでも「映画って面白いな」と、ハリウッド映画でもいいんですよ。「映画って面白いかもしんない」と思った人をトコトン虜にする、
「何か」があるとしか言い様がないですね。
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| J: |
まあ、「総合芸術だから」って、よく言われますが・・・。
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| K: |
カッコよく言えばそうですけど、総合芸術っていうのは良い言い方で、悪く言えば中途半端なんですよね。さっき言いましたように「映像だ」って言いながら、音楽もあり、俳優もあり、ストーリーもありのって結果、芯になるものが、だんだん薄れてきて、だんだん正体の掴めないものとして100年以上、生き長らえてきたんですね。正体が掴めないからこそ何かそこに虜になると、とことん経済的なことを抜きにして、それを解明したい。作りたいと思う、っていう力が働くんでしょうかね。不思議なものだと思いますよ。
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| J: |
今、日本は経済がガタガタで終身雇用も崩壊して、リクルートが巧く仕掛けたのかもしれませんが「ガテン系」とかで、サラリーマンを辞めて植木職人になったりして。それもアーティスティックなノリで。あれも、ひとつの「作る現場に魅せられてる」姿と言えると思うんですけど、それのキツイやつですかね?(笑)
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| K: |
多分そうですね。日本に関して、ひとつ言えるのは、皆さん御存知の「黒澤
明(監 督)とか小津
安二郎(監督)とか溝口健二(監督)とか、かつて、もう今は死んでしまったけども、巨匠と言われる映画監督が日本にいて、世界にものすごく評価されたわけですよね。未だに映画史上のトップクラスに入っている。それが日本国内で奇妙な現象の根拠になっている可能性はありますね。「ひょっとして日本で頑張ったら世界でトップになれるかもしれない。かつてなった事がある」という。一度も、そんなことになってなかったら、「まあ、金儲けの為だよ」とかで、他の理由で割りきって作るか、もう作らないか、になるんでしょうけど。なにか
「海外でトップになる可能性があるぞ」っていう幻想もひとつの支えかもしれないですね。ちなみに、こんな形で映画産業が残っている国は世界でもほぼ日本だけか、香港が多少そうですが、ヨーロッパはほぼないですね。イギリス・・・、もう5ヶ国ないでしょう。
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撮影に突入。もう脚本時の構想からは
ドンドン変わっていきます。
「それでいい!」「それが面白い!」 |
| J: |
そろそろ次の質問行きたいと思います。「CURE」を始めとして、監督の最近の作品は非常に都会的な感じに思えるんですが、監督にとっての「都会」「都会人」っていうものの解釈をお聞きしたいんですが。
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| K: |
僕がやっている日本映画っていうのは、まず「お金がない」という所から出発します。で、僕、東京(暮らし)ですから東京で撮る、他の所にいけないんで。しかもスタジオなんてとても借りられないから、街で撮る。するとイヤでも(笑)現在の東京が映る訳です。そこにチョンマゲ付けた侍は、いくらなんでも歩かせられない訳ですね。すると好むと好まざるに係わらず現在の都会を描かざるをえないんですね。出て来る人は、そこに住んでる人でしかない。だからそこで無理やり「ハリウッド映画みたいなことしよう!」とか思っても、映画の根本はさっき言いましたように「所詮、切り取られた現実」ですから「切り取られた現代の東京」が映ってしまっている以上、出て来る人はそこに住んでいる人。するとそこで意識的にやれる事、最も巧く表現できることは「現代の都会と、そこに住む人を描く」ことなんですね。そりゃ僕も、お金がたくさんあって、どっかスタジオ使ってとか、砂漠行ったり、世界各国でロケできたら、楽しいとは思うんですけど。それは出来ないという所からですね。
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| J: |
脚本を書く段階で、キャスティングは決まってるんですか?
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| K: |
いえ。決まってるのは半分ですね。いや、半分もいかないかな。俳優が決まってから書くというのは、特別なケースですね。

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| J: |
多分主演クラスが決まってるんだと思うんですが、その俳優さんの演技が、無意識の内に脚本に反映されちゃうという事はないんですか?
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| K: |
いえ。極力、特定の俳優を考えずに。それはそれで別途です。誰とも具体的なイメージを浮かべずに。浮かべちゃうと、なんかその人でなきゃいやなような気がして来るんでね。誰とは浮かべずに書きますが、そこは人間の悲しい所で、誰とは浮かべず、とは言え誰かなので・・・、自分ですね。自分になっていきますね。だんだん。
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| J: |
その役が、自分にですか?
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| K: |
そういうことです。「僕ならこうするな」っていう。僕も都会に住む人間としたら(笑)それはイヤでも表れるし。「俳優の誰かがやったらどういう感じになるかな」
なんて考えないですね。
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| J: |
物創りする人の感覚としたら「シンガーソングライター」に近いんでしょうか?
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| K: |
どうなんでしょうか。ただ最終的には、たった一人でやる作業じゃありませんので、四苦八苦しながらシナリオ書いて、キャスティングとかして、場所も決まって、その時点で「えーっ!」ってことも多いんですけど。(笑)「ぜんぜん予想もしなかった!」ということも含めて、撮影に突入していく訳です。すると、もう最初の脚本の時の構想とはドンドン変わって行きますからね。
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| J: |
すると現場対応の要素は高いですか?
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| K: |
高いです。で、「それでいい」と思ってます。それが面白いです。それで撮ったものを編集するんですね。編集で色々、入れ替える訳ですよ。だから最初の脚本とは、全くとは言いませんが、随分違うものになるんです。それで編集作業で「あ、こういう順番なんだ」って確認して。それこそ編集作業は、一種のドキュメンタリーに近いですね。「こういう現実を切り取って来た」「どう繋いだら面白いんだ」脚本なんかもう見ないですよ。で、繋いで出来たものが、ひとつの完成。まだ音楽とかありますけど。でも、ひとつの物語になっている。僕にとっては、ここが脚本完成の時点です。途中で書いたものなんて撮影の為の企画書みたいなもんですよ。それが映画を作るときの不安でもあり、面白い所でもあるんですけどね。だから、僕が書いた脚本なんてたかが知れてるんですけど、そこに素晴らしい俳優さんと、素晴らしい場所と、たまたま太陽の感じとかもバッチリだった、なんていう色んなことが重なると、最初考えたことなんかより、はるかにいいものになったりするわけですよね。
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| J: |
よく、「なんとか待ち」とか言いますね。「雨待ち」「雲待ち」最近では、三浦友和さんの「老け待ち」とか。(笑)そんなことはしないんですか?
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| K: |
ほとんどしません。「雨なら雨でいいじゃないか」「風なら風でいい」場所決めて、撮影当日そこに行ったら、使えなかった。なんてよくありますよ。「じゃ、そこ止めてこっちにしよう」とか。それが即興と言えば、即興ですし。少なくとも日本映画って、そんな風に作られてるものなんですよ。だから最初は色んな事言っても、そんな風に作ってるものにですね、マーケティングして大ヒットするなんて、無理な話でね。
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