高瀬 豪太

(前編:ジュエリーとの出会い、ゴローさん、
リキさんへの思い。作品制作のこと。



カメラマンを目指して渡米。
それがリキさんとの出会いで変わった。

Jjapan-interview.net T高瀬氏)

J 4年前に帰って来られて。何年アメリカにいらっしゃったんですか?
T 10年です。18から28(才)迄です。
J ということは今、32才ですね。
T そうです。今年で33です。
J 高校を卒業されてからアメリカに行かれたということですけど、その段階で明確にジュエリーの道を目指してたんですか?
T いや、もともとはカメラ(マンになりたくて)で行ったんです。で、向こうで日本人ですけどプロのカメラマンのアシスタントとして付いて。
J 向こうにコネクションがあって、その人を頼ってとかじゃないんですか?
T コネクションは、全くなかったです。向こうで全部見つけて。自分がレストランで働いていたんで、その常連さんとか、そんな人に聞いて。
J はあー。そんな行動力よくありますよね。
T ていうか、あんまりなんも考えてなかったんじゃないですか。(笑)
J いやいや、僕が高校のときは、そんな事考えもしなかったですよ。
T リキさんとかも、向こうで店にいた時の常連さんで。
J あ、(リキさんと)向こうで交流があったんですか。
T もともと、この仕事に入るきっかけになったのがリキさんですからね。リキさんに会わんかったら、この仕事には入らんかったという。リキさんと知り合って、たまにリキさんの所に遊びに行ったりして。インディアンジュエリーに触れるようになって、学校のジュエリー課の授業をちょろっと取ってみて・・・。
J じゃゴローさんがどうこうってことは、日本にいるときは、関係なかったんですか?
T そうですね、全然知らなくて。もともとずっとスケートボードやってたんで。だからゴローさんとか全然知らなかったですし、原宿自体あんまり行かんかったし。行くとしてもスケートボードのパーツ買いに行く位で。いつも裏道で行ってすぐ帰ってくる。
J 話は戻るんですけど、アメリカにカメラマンの修行に行かれて、リキさんにお会いになられて影響を受けて、ジュエラーを目指そうとして、学校に行かれたと・・・。
T その辺は、重なってるんですよ。リキさんと会ったときはカメラもやってたし、カメラの学校に行こうと思ってたんですよ。で、行こうとした学校というのがカメラの単位が移せないんですよ。いくらカメラの単位を取っても移せないんで、それならカメラの単位取るより、なんか好き勝手な単位を取ろうと。トランスファーが目的なんで、別に卒業しなくていいし、単位も取れなくていいから。 で、好きなものってことで「マリンバイオロジー(海洋学)」とか「地質学」とか、全然見たことも、聞いたこともない学科取ったりとか。それでアートはもともと好きだったんでそれも取って。その中にジュエリーがあって、リキさんとの出会いもあったんで「ジュエリーやろうか」となってジュエリーの世界に入っていったんですよ。そしたら結構、先生が気に入ってくれて、LA(現在はサンディエゴにある)にG.I.Aっていう結構有名なジュエリー学校があって、そこに先生が推薦文を書いてくれて。そこが規定する英語力も超えてたんで入れることになったんですけど、じつはその時、結構考えましたよ。カミさんと結婚するとき「カメラマンとしてやっていきます」って言ってたのに突然「ジュエリーに転向します」とは言いずらくて。最終的にはカミさんのお父さんが「(人生を)転換するとき、節目というものがあるんだから、そう思ったんなら転向した方がいい」って言ってくれたんですよ。

BenNighthorseに、いきなり電話。
僕には時間がない、学べるものは全て学んでやる。
J ジュエリーの先生がスゴイ先生だとか?
T Ben Nighthorseですね。ある日、彼のことをG.I.Aの広報雑誌で見て、それを学校の先生に言ったら「あー、その息子がうちの学校のOBで、Colin Campbellて言うんだ」って言われて。 Colin Campbellは僕と同い年で、G.I.A卒業してお父さんと一緒に仕事して、社長やってる人なんですけど、彼の電話番号を、G.I.Aでなんとか調べ出して、いきなり電話して自己紹介して「インディアンジュエリーにスゴイ興味があるんです。inlayをぜひ習いたい」って言って。もともと僕、もう死んでしまったんですけどCharles Lolomaって言う、Hopiでinlayのスゴイ有名な人の作品が好きで。 Ben Nighthorseもinlayで、すごい有名だったんです。それで電話で話してたら「じゃあ、来てみれば」って言ってもらえて、それからColinの家に泊まらせてもらって、毎日朝4時起きで工房入って1日中ずっとやってました。
J その段階では、もう完全にジュエリー作家としてやって行こうと思ってた訳ですね。
T そうですね。G.I.A卒業してジュエラーとしてやって行こうと思ってました。
J 卒業はどれ位で、できるんですか?
T G.I.Aは、とっても短いんです。半年位で卒業できるんです。それでG.I.Aの後に、元G.I.Aの先生が(ジュエリーを)作る方の学校をやっていて、そっちに移ってまた6ヵ月位・・・。Ben Nighthorseの方は何回かに分けて行って、トータル期間は短かったんですけどね。その間に学べるものは全て学ぼうと。時間がないんで。
J みんな学校なんですか?
T いや、Ben Nighthorseの方は弟子みたいな感じ(j-in 注:本当に弟子入りした訳ではないそうです)で、工房の片隅に座らせてもらって、そこに働いている人を見ながら、自分で作業して。石も本当はすごい高いんですけど「その辺の石、使っていいよ」って言ってもらって。
J ジュエリー作家は、みんなそんな感じで勉強するんですかね?
T いろいろですね。全く習わない人もいるし、それはどういう展開でも問題ないです。

G.I.Aで得た人脈は宝。卒業生は世界各国にいる。
J G.I.Aは、アメリカ全土から勉強しに来てるんですか?
T いや、G.I.Aは世界から来てます。G.I.Aはどっちかって言うと、作る方じゃなくて僕にとっては鑑定の方なんですよ。ダイヤモンド鑑定なんかだったら、自分の家が採掘現場だったり、ヨーロッパの有名な宝石商の息子だったり、そんなんばっかり。日本にもあるんですけど、アメリカのG.I.Aが本部なんで世界中から人が来るし、中には人脈を作りに来るケースもあるんですよ。アメリカのG.I.Aを出たら、業界のコネクションという面でもスゴイですよ。世界各国に散らばっていきますからね。各国のジュエリーショーとか行っても僕らの同期が居たりとか。僕は石を見分ける、宝石鑑定の勉強で行ったんですけど。
J ジュエリーと言えば、ヨーロッパというイメージがあるんですけどね。
T やっぱ、ヨーロッパが本場です。もともとイギリスの有名な学校を真似してG.I.Aを作ってるんですよ。でも今は、ダイヤモンド鑑定ならG.I.Aが有名です。G.I.Aの鑑定書が付いていたら、ちゃんとした物と認められます。
J G.I.Aは世界組織じゃないんですか?
T 世界組織ですよ。ヨーロッパからも来るし。
J その資格を持っていると、仕入れとかの場合、有利だったりするんですか? 当然、石を見分けたりすることは出来るとして、その資格を持っている人しか出入りできないマーケットがあるとか?
T それはないです。
J 仕入れは、御徒町(東京)とかでするんですか?
T そうですね。僕なんかは仕入先は決まってるんで、そこに電話して。 担当者も決まってるんで「〇〇の何ミりを幾つ」とか言って。そこの担当者を信用して。
J それもコネクションで?
T そうですね。
J たぶん変なラインから行ったら、良いものを仕入れられないんでしょうね。
T そうですね、それはありますね。品質や値段で差がでてきますね。普通の人が「今日からシルバージュエリーやろう。どこから仕入れようか」と思ったときに、買いにいける所よりも、僕らは2つ位上と取引してるんでコスト、納期とかに差がでるでしょうね。

ヨメさんに言われました。「すごい自信過剰なんじゃないの」
でも、そうじゃないとやっていけない世界です。
J 僕も趣味で彫金やってるんですけど、今のシルバージュエリー分野での二大勢力CHROME HEARTS、GORO’Sがあって。てことじゃないですか?「自分はどっちやねん?」と。
T 僕も一番初めの頃は、よく本も見てたりして「誰々が新作出した」とかやってたんですけど、今はもう全然見ないですよ。「あんまり関係ないんじゃないか」と思って。お客さんも、うちの商品が好きで買いにきてくれてるわけで、自分が作りたいものを作っていくことがベストだど思います。
J 自分が作りたいものを作り続けていくことがオリジナリティの追求になるわけですね。
T ヨメさんに言われたんですよ。「すごい、自信過剰なんじゃないの」って。でも、そうじゃないとやっていけない世界だと思うんで。
J 僕なんかが、そんなこと言って作るとね、邪道というか「それはおかしいやろ!」みたいなことに陥ったりするんですよね。
T 自分の中で、ある一定のレベルを設定しておいてクオリティとかも含めて判断すれば問題ないと思いますけど。
J 自分の中に職人としての(技術的な)基礎があった上で、自分なりの発想が出てやっていればいいんでしょうね。
T あ!それは言えてますね。よく同業の人なんかに「高瀬さんの所って〇〇(の技術)がスゴイよね!」とか言われるんですけど、僕にしたら「それが普通で、そこから先をどうするのかが問題で、そこまではしなければならない所なんだ」と言うのがあるんですよ。これはリキさんや学校で習ったことによるもんだと思ってますけど。基本の部分が自分の中できちっとできれば、自分の作品に対する判断はラクになるでしょうね。
J 僕がちょこっと(彫金を)習った学校はパースを描かしたりするんですよ。たしかに(美術は)デッサンが基本ですから、それがきちっとできれば立体物の制作ができると。それはたしかにおっしゃる通りなんですけどね。
T うーん、そうなんですかね。僕は、あんまり関係ないですね。必要だとは思いますけど。描けて損することじゃないし、汚く描くよりキレイに描いた方が相手に伝わり易いからいいと思うけど、でも絶対そうじゃなければならないとは考えないです。僕もそんなに絵は上手くないです。
J デザイン考えるときは、紙に描いたりするんですか?
T そうですね。ラフスケッチって言ってますけど。出来上がった状態のスケッチをまず描いて、それから、それをどう分解していくかって考えて。あとはその各パーツの設計図を1個1個描いていくんですけど。今、僕の生徒にもそういうふうにさせてるんです。まずラフスケッチで自分がどういうものを作りたいかイメージすることが重要で、それからそれを作るにはどうすればよいかを考えていくという。例えばこのアールを出すには「叩き出し」がいいのか単に曲げた方がいいのかとか。 (やり方は)いろいろあるじゃないですか?ここはマニファクチャで板を切って叩き出しでやっていくとか、ここはCastで作って後で付けるとか。
J スケッチ段階で具体的な行程まで、考えるわけですね。
T そうですね。今、僕(生徒に)教えてるじゃないですか?それが結構勉強になってる部分があるんですよ。多いときは一度に5〜6人いっぺんに教えるんですけど、みんな違うものを作っていて、生徒が個々に「ここはどうすればいいんですか?」ってラフ持って聞きにきたとき、パッと頭を切り替えて教えなければならないんで、ラフを見て考えるのは早くなりましたね。それと色んな(作業の仕方の)引き出しを持てたのは、学校に行ってたからだ思います。それも普通の学校は、ひとつの課題に対して対処方法が2個位あって「これを使えばこうなる」っていう感じで教えるんですけど、僕が行っていた所は、ひとつの課題に対して5〜7個位の対処方法があって一番いい対処方法から、やっつけの方法まで教えてくれたんで。 色んな生徒のケースに対応できてますね。それがまた自分の勉強になるんですよ。

僕B型ですから出来たときは「エーな!」と思って、
次の瞬間「これ売れないんじゃないかって(笑)」
J 話は変わるんですが、新しいデザインはいつも考えてますか?
T そんなことないいですよ。たまにポコッと出る・・・。
J いいですね。
T 出たらなにしろ、なんでもいいから描いてっていう感じなんですけど。
J 僕、朝シャンするんですけど、朝シャンするときにデザインに限らず仕事の段取とか色々浮かぶんですよ。
T 本を読んでて、その文から浮かんだりね。本ってイマジネーションじゃないですか。作品の中の情景とかから形が出たりとかありますけど。いろいろですね。
J ネタ本 (SUNSHINE工房の作品集を見ながら)を見てね、 こういうモチーフの組み合わせでどうこうとか、ストーリーを考える人もいるじゃないですか。
T 何年かして肩の力が抜けたときに、それは関係なくなってしまいましたね。でもこれね、間違えられると困るんですけどルール(インディアンアートの伝統的モチーフの意味や使い方のルール)-を知ってる上での話ですから。それを知らないで何も考えないでやるというのは、おかしいと思います。それを知っていて崩すのは問題ない。
J そういう気持ちで、自由に作品をを作って行きたいっていう感じですか。
T そうですね。僕がその時にマイブームであったものとか。ただ、うちはベースになるものがネイティブ(インディアン)だと決まってますけど。その中で自分が面白いと思ったものを、どんどん取り入れていくっていうのがいいと思います。
J 自分が持っている技術が、発想を呼んでいくとか。
T 売れる、売れないっていうことも考えるんですよ。やっぱりそれも考えないとだめですね。(笑) 生きていかないとダメですし。(笑) あんまり好き勝手に作るといっても限度がありますから。やっぱり少しは時代の流れというのも考えますし。
J 取引先のSHOPに顔を出したりとかして情報収集したりとか?
T そうですね、そういうこともしますね。あと街で遊んでたりとか。そういう意味でのスケートボードっていうこともあるんですよ。今の若い連中と一緒に遊んでるっていうのが為になったりとか。例えば、今出てきているのが70年代のデザインですけど、その元になっている30年代のデザインとか。70年代のデザインといってもその当時、30年代のデザインをモチーフにしているわけですから。そんな感じで街の流行りものを、「見なければならない」とは思わないけど、好きだからなんとなく見てるんです。
J SHOPで洋服のブランドの話なんかを聞いていると「あーそうか、そうか、そういう話があるから、あの雑誌に(記事が)出てたんか」とか確認できたりして、雑誌だけでは見過ごすようなこともチェックできますね。
T あとは、僕の中で「この部分は使って、この部分は使わない」ってグシャグシャッと考えていく訳です。で、最終的に出来たものを、お客さんが見て「あ!これ変わってんなー」って言って貰えれば「これは、こういうモチーフを下地にしていて・・・」って説明できるでしょ?そういう感じでいいんじゃないかと。
J 「これは、イケルぜ!」って思った作品はありますか?
T 「これは売れないんじゃないか?」っていうのはありますけどね。(笑)
J (作品集を見ながら)それは、どんな作品を作ったときに思うんですか。(笑)
T うーん、あまりにも自分本位のものを作ってしまったとき。僕B型ですから、自己中心的なもの作りをすると、出来上がったあとに「これは、エーな!」と思っても「売れないんじゃないか・・・」と。(笑)

イーグルフェザーは1個、1個作る。
それがゴローさん、リキさんへのケジメだと思ってます。
J (作品集を見ながら)ちょっと聞いたんですけど、これ(イーグルと太陽のリング)が一番最初に作ったやつですか?
T そうですね、学生時代に。
J 一目見て、ストーリーが素人にも解かり易い作品ですね。これは、どういう思いで作られたんですか?
T イーグルっていうのは、太陽に一番近い存在なんですよね。だから太陽とイーグル、ふたつのモチーフを使いたかったってことですね。それで、学校で一番上の絵をもとに、下へどんどん掘り下げていくっていう課題が出たんですよ。その課題があって作ったものなんですよ。
J どの作品が一番気に入ってますか?
T やっぱ、このイーグルですね。
J 最初に作ったやつですか。
T そうですね。僕が今まで作った中では、これが一番気に入っています。フェザーリングとかは、リキさん、ゴローさんがオリジナルだし。でも、これ自体は僕のオリジナルだから。新作を作っているときは「ええな!」と思ってるんですけどやっぱりこれ(イーグル)は、別格というか・・・。
J うらやましいですよ。常に自分のベースとなる作風があって、どっしり、しっかりした人って。ところで、このフェザーは・・・。
T これはゴローさんの形ですね。さっきも言った通り僕的にはイーグルフェザーと言えば、ゴローさんが一番初めにやったものだと思ってますし。それはどうあがいても超えられない。それはそれでいいと思ってます。これ(イーグルフェザー)は僕のオリジナルですとは絶対言えんし。ゴローさんとかがおるから僕らが今やってることに繋がってると思うし。だからイーグルフェザーに関しては自分の色を出そうと思ってます。他の人が見ても「あーこれはサンシャイン工房のイーグルフェザーや」と判ってもらえるような色であるとか、持った時の質感であるとか。
J 僕も、GORO’Sのフェザーは持ってるんですよ。で、自分でもフェザーを作りたいとは思ったんですけど、(フェザーは)GORO’Sがオリジナルという気持ちがあるんで避けてたんですよ。
T あー、それは判りますね
J 全然、違うものを作らなければと思いましてね。
T うん。どうなんでしょうね。一番初めにゴローさんが(フェザーを)作ったのは  確かなんですけど、でも作者が違うとフェザーも変わってきますからね。その点を自分が納得できていれば(作っても)いいと思います。勿論ゴローさん、リキさんは雲の上の存在なんだとは思ってるんですけど。そこをおざなりにして「これは、うちのオリジナルフェザーで」とは言えないですからね。自分なりの解釈でイーグルフェザーというのはこういうフォルムなんだというような事を突き詰めて考えてはいるんですけど、その辺じゃないですか。そこを解かってやっているのか、そうじゃないのかで全然違ってくると思うんですよ。単に「売れるから作りました」というんでは、それは間違っていると思います。
J そこまで、ゴローさん、リキさんに入れ込んだというのは・・・。特にリキさんの魅力はどんな所ですか?
T やっぱり人柄ということもありますけど、あの人の生き方自体ですね。言葉では上手く言えないですけど。なんか超越したものを感じます。ちょっと話が違うかもしれませんけど、時々お店にマニアックすぎる人が来るんですよ。「インディアンネーム欲しいんです」「向こうに行ってパワーを貰いたいんです」とか、そういう感じの人が来るんです。僕なんてどっちかっていうと「欲しいの?」って感じなんですけど。「もらったら大変ぞ!」って感じで、欲しいと思って貰うもんじゃないし。
J どう大変なんですか?
T 何ていうかな・・・中に入り込むにあたって、自分の今まで持っていたものを全部捨て去って入っていく感じがありますね。ゴローさん、リキさんが、どんな気持ちだったかは想像もつきませんけど。
J はっきり言って、宗教に入信してるようなもんですね?
T そうかもしれませんね。でも向こうには「宗教」っていう言葉はないですから。生活自体が宗教ですから。
J あ、そうですね。
T 憧れだけでは、やっていけない世界だろうし。
J こういう超越した領域に生きておられる方の真似は絶対できないですね。
T ゴローさん、リキさんの作品を見ていると、ぎりぎりの削ぎ落とした感じがしませんか?
J 言葉では上手く言い表せないんですけど、あの二人は求道者という感じですね。反面、SUNSHINE工房のHPを見ていると趣味のページがあったりして、仕事も含んだライフスタイルが見えますよね。
T そうですね。
J 別に、仕事を金儲けとして割り切ってるとは思わないですよ。でもやっぱり新しい世代の人なんやなあと思いました。
T それはあるかもしれないですね。
J 僕は羨ましいんですよ。50代の世代や30代の世代が。僕らが影響を受けると言えば上の世代からでしょ。でも僕も、あの世代の真似はできませんし、かといって30代のように自由にも振舞えませんし。この年になってもオリジナリティが出てこないような気がして。
T でも僕も、それを言い出すとリキさんを引きずってる所もありますよ。だからと言ってはなんですけどフェザーは今でも、1個1個作ってます。これをキャスト(で大量生産) にしてしまうと逆に、作る意味がなくなってしまうと思ってるんで。
J 気持ちの問題ですね。
T それがゴローさんやリキさんに対する僕なりのケジメだと思ってます。それをお金で考えてしまうんだったら、やらない方がいいと思います。あのデザインを使わせてもらってるからには、1本1本作るのが筋だと思ってます。リキさんなんかは、そんなこと気にしてないとは思うんですけど。自分的にはそう思ってます。
J リキさんって、僕はお話したことはないですが、一度お店で見かけたんですけど、ごっついベアーみたいな、怖い人ですよね?あの人は怖いわー。
T ええ。(笑)一時期かなり、でかかったんですけど今はだいぶ痩せてますよ。リキさんも、すごい大変なんで・・・。

(前編終了)
後編は高瀬氏のプライベートにも迫ってみました。子供の頃の話、DOGTOWNの話、奥さんとの出会い等を語ってもらいました。

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